長篠の合戦 完全勝利のための緻密なシナリオ

NHKで数年前に「名将の采配」という番組があり、長篠の合戦の特集をしていたため、もともと歴史好きということもあって録画したのですが、これがとても面白くて、時間ができると繰り返し見直していたのでその内容について紹介していきたいと思います。この戦いに完全勝利した織田信長ですが、彼はいかにしてその状況を作り出したか。番組を見ていて彼の緻密な戦略に改めて目から鱗が落ちたので紹介したいと思います。

野戦をいかに避けるか

徳川家康の領地である長篠は東西南北を山に囲まれた盆地にあり、武田領に近い場所に長篠城が築かれていました。そこに徳川家康は500名の守備隊をおいて睨みをきかせていたわけですが、敵の最前線の城にわずか500名の兵しか置かなかったのにも理由があるのです。    ズバリ武田勝頼をおびき寄せるためです。

ここに武田勝頼は戦国最強と言われた騎馬隊を含む12000名の軍勢で攻め寄せます。長篠城侵攻の報を聞いた織田信長はすかさず徳川家康と連合で18000名の兵を率いて迎撃に出ます。ちなみに織田配下の羽柴秀吉の軍も参戦しています。まさに戦国オールスター戦です。兵力の数で勝る織田徳川連合軍ですが、武田軍と野戦で真正面からぶつかると被害が甚大なのは目に見えていたので、野戦をいかに避けるかということにまず注力します。

歴史の教科書にもあるように、織田徳川連合軍は長篠に馬防柵を築くわけですが、ここで重要なのはいかに武田軍をおびき寄せ、かつ刺激しないように柵を築くかです。武田側が布陣する場所から距離が近いと警戒されて妨害されるか、あるいは勝頼が柵の正面から攻撃することを回避することも考えられるため長篠城から4キロ離れた平地に柵を築きました。この平地というのもポイントで、平地だと騎馬隊が攻めやすいということもきちんと考慮されています。そして柵を挟むように東西には南北に伸びる川があり、柵の西側に織田徳川連合軍の鉄砲隊を布陣させています。鉄砲隊のすぐ後ろにも川があり、織田軍本体はその川の後ろに布陣しています。また柵の前には掘が設置されているので、柵に辿り着くまでに川を越え、堀を越えなければ辿り着けません。当時武田の騎馬隊は有名だったのですが、歩兵隊の機動力も高くかなりの速度で移動ができることで有名でした。なので幾重にも障害を設けておく必要があったのです。しかしこの布陣だけ見ても信長が相当慎重に布陣していることが伺えます。もし馬防柵を突破されてもすぐ川がありそこで迎え打つか、あるいは友軍が足止めしている間に撤退できるからです。つまり織田信長は万一負けた場合ときのことも考えていたのです。(用心深い)

ちなみに武田側の視点からみると、実は武田勝頼も長篠城を攻めることで織田信長をおびき寄せる狙いがあったようです。武田勝頼が長篠の地でどういう戦略を描いていたかは今となっては不明ですが、結果だけ見るとこの合戦においては信長の戦略が明らかに優れていました。

武田軍を籠城させない

先述の通り長篠城の守備隊とそれを包囲する武田軍の攻撃隊の兵力には20倍以上の開きがあります。勝頼がその気になれば即座に城を攻め落としてそこを拠点化できたわけです。しかしそれをしなかった、とういより信長の戦略によってそれをしようという気にならなかった。では何があったのか?実は信長は籠城だけは避けたかった。何故か?武田軍の主力に馬防柵の前に来てもらう必要があったからです。そのために、配下の武将が寝返るという偽の情報を勝頼に流しました。そしてその寝返る予定の武将を勝頼にとっては絶好の位置(攻めやすい)に布陣させることによって、武田軍を馬防柵に誘導させようとしたのです。ちなみにその武将が配置された場所はどこか分かりますか?

答えは馬防柵の北側の切れ目です。この拠点さえ落としてしまえば馬防柵の中にいる織田軍鉄砲隊を無防備な横から騎馬隊で突撃できるからです。

自然と勝頼の意識はそこに集中します。織田軍の武将が寝返る、それを前提に戦略を組み立てたことでしょう。つまり勝頼にとっても手間のかかる城攻めよりも、自軍の騎馬隊で攻めやすい平地での戦いを選びたいという心理になります。そして勝頼はこの誘いにのり長篠城包囲のための兵2000を残し主力10000の兵を率いて馬防柵と向かいあう小高い丘に布陣します。寝返るはずの武将にフォーカスしながら。

武田軍の退却

ここまで下準備を整えて、しかし信長は最後の詰めも怠りません。武田軍は機動力に優れているため、戦況が不利になれば即座に撤退して行くことが容易に想像できます。武田軍を退却させないために、信長は雨が降る夜を選び4000の別働隊(500の鉄砲隊含む)を10時間かけて武田軍の背後に周りこませます。この別働隊は夜明け前に長篠城を包囲している武田軍へ攻撃を開始します。武田軍が馬防柵の方に後退するように陣形を組みながら。

思わぬ形で攻撃を受けた武田軍は戦局の打開を図るため、寝返りを予定していた武将に向けて突撃を開始します。しかし、当然寝返るはずもなく、武田軍は押し返されます。後ろからは織田軍の別働隊が迫って来ています。武田軍からすると何かの手違いだと思いながら突入を繰り返す。こうして、信長が当初描いた通りの構図がここに完成するのです。昔初めて長篠の合戦を学んだ時は、織田軍の画期的な3段構えの鉄砲隊戦術ばかりがフォーカスされ、何故武田軍が鉄砲隊が控える柵を目がけて突入を繰り返したのか理由が分かりませんでした。しかしこの番組を見て理由が分かりました。そして信長が戦略の天才と言われていた所以も。武田軍は猪突猛進で柵くらいすぐに蹴散らせると思って突撃を繰り返したわけではなく、そうせざるを得ない状況に追い込まれていたのです。

しかし武田軍も挟撃されながらしぶとく戦局の打開を図るために猛戦します。さすがは戦国最強の軍団です。長篠の合戦は一瞬で片がついたというイメージがありますが、実は戦いは9時間に及んでいます。この間、一度引いた武田軍を誘いだすために、柵の間から織田軍が武田軍に囮で攻撃を仕掛け、つり出された武田軍を織田軍鉄砲隊が打ち取るという事が繰り返し行われています。そして敵の戦力を十分に削ぎ落としておいて、織田軍本体が馬防柵から出て武田軍に突撃します。そして武田軍は総崩れとなり退却していきます。

この番組でフォーカスされたのは、信長が描く理想の結果を得るために、いかに緻密にシナリオを練っていたかという部分です。合戦に参加した兵数や時間は諸説あるので、そこはご容赦いただき、理想の結果を得るために戦国時代の武将がいかに緻密であったかという部分を楽しんで頂けると幸甚です。

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